10/26/2026(Mon)
 あっという間に1か月が過ぎる。つまり、1年もすぐに終わる。

 この前書いた雑記から、既に1か月以上過ぎた。本当にあっという間。何をしていたのかといえば、9月には青森に行って、10月の半ばにはフィンランドに行っていた。

 青森には美術館の展示が観たかったので行ってきた。古代から続く、装飾についての展示だったのだけれど、とてもよかった。民族ごとや、年代ごとに分けて展示してあったものの、結局装飾というものは、言い方が大雑把になるけど、全部一緒なのだな、と思う。誰かが誰かの装飾を見て、それいいね、と思えば真似をして、もっとよくしようとしていって…ぐるぐるとした円模様や水玉模様は、いろいろな場所から見つかっている。それはすべてが繋がっている、国境も民族も本当は存在しなくて、みんな同じなのだ、と言われているような気がした。本当に、大雑把な感想である。

 その展示で、サーミの太鼓を見た。文字がまだ存在しなかったのだろう、太鼓の表面には踊りや家なんかが、絵で表現されていた。サーミとは、ヨーロッパに唯一現存している民族と言われている。そのサーミが住んでいる場所が北極圏、つまりフィンランドのラップランド地方などである。

 折しも、私はフィンランドの、しかもラップランド地方に旅行に行くことになっていた。しかもサーミの博物館に行けるという。なんという巡りあわせ。そこには、土器や石器、骨角器、そう、私が日本国内でよく行く縄文時代の博物館で見ることのあるものが、そこにも展示してあった。その土器なんかを使っていた頃はなんと、日本が縄文時代の頃で、国境も民族も何もない時期に同じように暮らしていた人々が世界中にいたのだ、とじーんとした。

 ラップランドには、実はオーロラを見るツアーというもので行ってきた。自然現象のため、晴れていないと見られません、と神妙に言われていたのだが、なんと滞在中の夜は運よく晴れ、オーロラを肉眼で見ることができた。こんな自然現象が世の中には存在するのねえ。もやもや、ゆらゆらと、帯状のものが生き物のように揺れ動いていた。ちょっと怖かった。私の視力が悪いせいか、光り輝いては見えなかったが、カメラで写すと、滅茶苦茶カラフルに光っていて、どういうこと?と不思議だった。

 フィンランドは日本より少し小さいだけの面積ながら、560万人ほどの人口なので、ラップランドの方は日本のどの町よりも静かかもしれない。町の人はみんなスーパーマーケットに集まって、イートインスペースでお喋りをしていて、日本の過疎地を思い出した。地方で生きていくことは、どの国も同じようなものに見えた。人間が現代を生きていく姿は、どこへ向かっていくのだろうか。フィンランドは世界一幸せな国、と言われていても、アルコール依存症と鬱病の人が多いらしい。どこで生きていても、悩む人は悩むし、問題を抱えるものなのだ。

 私が二度もフィンランドに行って、また行きたい、と思うのも、たぶん部外者だからだ。静かで、空気がきれいで、観光地で出会う人はみんな優しい。日本はうるさくて、肌が荒れるし、日常的に人が傷つけあう。でもそれは、私が日本に生きているからなのだろう。日本に生きている私は苦しんでいる。でもそれは、本当に苦しんでいるのかは、わからない。生きるって、苦しい。


 09/02/2026(Wed)
 肌が乾燥しはじめて、夏の終わりを感じる齢。年を取ったものだ。今年の東北地方は夏らしい感じがあまりしなかったけれど、地域によって、暑すぎたり、雨が降りすぎたり、本当に大変な世の中になっている。自分の身は自分で守るしかない、という世の流れになっているところにも、希望が持てない。

 雑記はなるべく書こう、と言いだしたくせに、やはりあまり書かない自分に悲しくなる。時間がないというわけでもなく、パソコンに触らずに、ただだらだらと無駄にスマホを触っているからである。ただ時間が過ぎていくのを待っているのかもしれない。自分の時間が尽きるのを待つだけなのに、何故生きることに苦しむのだろうか。

 苦しい苦しい、言っているだけでどうしようもないので、9月と10月はちょっと出かけようと思う。お金はない。


 08/12/2026(Wed)
 台風が東北地方の太平洋側に上陸するのは、観測史上3回目らしい。そう聞いて、じっと家の中にいたのだが、どうやら進路が少し変わったみたいだ。まあ、ここ1週間くらいずっと薄暗いけど。雨や風がひどい地域の方は、どうぞお気を付けください。

 日本の世間はお盆ということで、皆さんいかがお過ごしでしょうか。私は仕事だったり、休みだったり、とシフトで働いているので、毎年お盆を感じることはない。季節感ということをよく言われるけれど、そう考えると、私ってあんまり季節をちゃんと感じていない。暑いのが嫌いで、夏も正直好きになれない。

 とはいえ、今年は随分涼しいなあ、と感じるくらい、夏っぽくはない。梅雨もいつ明けたの、と思うくらい、まだまだ雨が続きそうだ。猛暑日は2、3回くらいしかなかったような気がする。私としては過ごしやすいけれど、夏が好きな人は物足りないのだろうか。でも、どんどん夏は長くなっているようだから、これから暑くなるのかもしれない。熱中症には気を付けて、皆さん、夏満喫してください。私はなんとか乗りきろうと思う。


 07/30/2026(Thu)
 お久しぶりです。

 そんなふうに書きだしてみたものの、ここを読む人は果たしているんだろうか?もう少し休もうか、どうしようか、迷いながらも、戻ってきてしまった。もうしばらくツイッターの方は休もうと思うけれど、雑記はぼちぼち書いていこうかな、と考えている。誰も読んでいないだろうから、少し気楽に。

 この前、はじめて人間ドックというものを受けてきた。最近体調があまりよくないというか、常々怠い、調子がいいと思う日がない、ということで、物は試しにという気分で行ってきた。結果としては、すごく悪いというわけではないけど、まあ、いわゆる老化なのであろう、ちょっとずつよくないところが出てきている。ホームページを20年以上やっているくらいだから、そのぶん自分も年を取っているわけである。そりゃあそうだ。

 昨年、交通事故に出くわし、いつ突然死ぬかわからない、と更に強く思うようになったものの、どういうふうに死ぬのか、というのはいつになってもわからない。病気だ、とわかれば、徐々に死んでいくことを知ることになるのだろうか。それはいいことなのだろうか。死ぬことに変わりはないのに、どうしていつも人は、死を恐れてしまうのか。

 文化というものを蔑ろにされる今のご時勢の中で、私が書くことなど、本当に必要がない、と思ってしまう。現実が創作の上をいく醜悪さで襲いかかってきては、何も書く気になれない。私の思い描く非現実的な話が、もう現実に入りこむ隙がない。

 権力にすりより、男性性に媚を売ることが、結局のところ、女性性にとって最も早く権力を手に入れる方法である、という日本の現実を突きつけられていることに、私は今非常に幻滅しているし、絶望しているし、打ちのめされている。ここから立ち上がる方法が、あと10年でできあがる気はしない。

 こんなにも生まれた国を恨むことはないだろう。こんなにも生きてきた国に絶望して、死んでいくことになるとは、思いもしなかった。


 03/31/2026(Tue)
 しばらくの間、お休みします。

 とはいえ、このホームページ自体、ずっとお休みしている状態だし、更新しているのはこの雑記か、ツイッターくらいで、つまりはこのへんの更新や返信をしなくなるため、連絡がとれない可能性があるので、一応お知らせです。

 頑張ればできる、と思っていたのですが、SNSが非常に疲れるので、ちょっと距離を置こうと思います。インターネット上で容易に生存確認できるようになった昨今に、インターネットから遠ざかると、まるで自分が誰かの中から消えてしまうようなものなのだなあ、と思うと、なかなか面白いものです。


 03/16/2026(Mon)
 3月に入り、ニュースでは東日本大震災から15年という言葉が、連日流れている。この言葉をどう受け止めればいいのか、そして受け止めたあとに私がどう言葉にすればいいのか、今日まで考えてみたけれど、やっぱりまだ上手く言えない。上手く言う必要もないし、思ったことをそのまま書けばいいのかもしれないけれど、なんというか、文章にできないのだ。ぽつぽつと、その時々で感情は芽生えても、その場限りの感情に思えるし、その時々で様変わりする感情は、次の瞬間には嘘だと思ってしまう。

 周囲の誰しもが、知り合いの知り合いは亡くなっている、というような状況の中で、皆が皆、何故自分が生きているのか、を問うていた。その問いは、私の中でいまだに続いている。私がもし、災害で亡くなっても、何かのきっかけで自殺しても、不慮の事故や事件に巻きこまれても、戦争が起きて爆撃で死んでも、それは結局、ただ一つの私の死でしかない。その死は、生きている人が受け取ることになるのだろう。15年間こんなことを考える時間が私にはあったのに、亡くなった人にはこの15年間の時間はもう流れていないのだ。

 こんな文章を書いてみると、やはりすべてが嘘だと思う。あまりにも、ひどい。

 15年間も、その前からも、上手く生きられない。震災について、震災直後に書いた詩と、何年も経ってから書いた詩をここに置く。何度も書きながら、いつも全然駄目だと思う。これからも、これは続くのかもしれない。まだ辛うじて生きているから、しょうがない。15年間の怒りと愛をこめて。

-----

二〇〇〇年前なら
きっと君のことを知ることもなかった

消えた街も
いなくなった人も
生き残った歌も
耐えがたい闇も
そこに立つ一輪の花も

誰も私の心配をしないで
(私を知りもしないくせに)

耳を塞がずに
遠い国のラジオを聴く
少しだけ知ってしまったことを
罪にしないように

「遠い国のラジオを聴く」(詩集「森林伐採」より)

-----

あの日見上げた空と似ているような気がしていた
溶けだした流星群にあと何回願い事をしたら
本当にあの日に戻れるだろう
あの日のことを知らなくていいのなら
あの日のことを知らずに今生きるなら
願っても願っても願っても
相変わらずあの日のことを思い出して
相変わらずあの日のことを願っている
何という感情に変えられるだろう
すべての感情をひとまわりして
答えの出ない感情のまま
願い事をくり返している

「願い事」(詩集「偽善で祈る」より)


 02/28/2026(Sat)
 あっという間に2月が終わる。2月が28日しかないことに、毎年ビックリしている気がする。31日あっても、時間が過ぎるの早い、と思っているけど。

 全然こちらではお知らせしていませんでしたが、2月23日に文学・クリエイターイベント東京にて委託販売しておりました。現在、イベントの通販サイトで販売していただいております。今日までですが。はい、今日までです。私のboothからは私の本しか購入できませんが、イベントの通販サイトだと他の方々の本も一緒に買うこともできるので、そこが楽しみかなあ、と思います。詳しくは、私のTwitter(いまだツイッターと呼んでごめんな)の@ice_kumanoにてご覧ください。

 2月が終わるか終わらないかで、なんだかだいぶ暖かくなってきている。花粉が早くも飛んでいるらしい。早い。早すぎるぞ、君。なんだか最近、肌がちょっと痒い気がするのは、君のせいなのか。もう少しおとなしくしていてくれ。


 02/09/2026(Mon)
 絶望的な気分で目が覚めても、生活は続いていく。本当に続いていくのだろうか。どこまで続けられるのだろうか。私が私らしく生活を続ける、とはどういう意味なのだろうか。思考停止した方が、楽に生活できるだろう。それでも、考えずにはいられず、昨日までも散々考えながら、そして今日も明日も、考えすぎて、疲れるけれど、でも、考えて、生きられる限り、生きていく。


 01/28/2026(Wed)
 もう1月終わるのか。相変わらず、早い。

 1月、何もしていなかったのか、というと、この前大相撲を国技館で観戦するために、東京に行ってきた。こういうときだけ、行動をする自分。恐ろしい。相撲を見ない人にとっては、相撲っていつやってるの、といつも聞かれる。奇数月にやっているのですよ。2ヶ月に1回、大相撲は行われているのですよ。声を大にして言いたい。

 地方に住んでいる自分にとって、大相撲の本場所を生で見にいく、ということは大変大きな出来事なのである。大相撲のチケットを取る以外にも、移動手段のチケットも必要だし、泊まるときは宿泊場所を選ばなければならないし、国技館への行き方も調べなければならない。そんな七面倒なことをしてでも、やはり大相撲を生で観戦するのは最高である。

 いずれ、大阪や名古屋や九州の場所まで見にいこうとするのではないか、と今から自分で自分が怖い。


 01/03/2026(Sat)
 あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

 あっという間に休みが終わろうとしている。連休があるといつも思うが、どうして休日は溶けるようになくなってしまうのだ。悲しい。だらだらと箱根駅伝を見ているうちに、今日が終わろうとしている。

 今年の目標というか、予定が特にないのだけれど、どうやらホームページが25周年になるようである。いや、ちょっと待ってくれ、25年だと…?25年…?嘘のようだが、本当らしい。皆さん、25年前に何をしていました?私は25年前にホームページを作りはじめたようである。そんなわけで、今年は少しホームページを更新できたらいいなあ、と思っている。でも、昔の私のホームページの更新の仕方だと、もう今の時代にはそぐわないのだなあ、と気付いていて、ホームページの在り方も少し考えないといけないのかもしれない。時代遅れのまま、突き進んでもいいとも思ってしまう私は、もう老いているのだろうなあ。





2025年
2024年
2023年
2022年
2021年
2020年
2019年
2018年
TOP